予告動画
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本予告
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特報


1971年、「海なき市にプールを」という市民の願いから生まれた沼影市民プール。“沼プー”の愛称で親しまれ、52年間で約600万人が訪れたその場所は、子どもたちの遊び場であり、人々の健康を支え、名前のない出会いや関係が生まれる場所でもあった。しかし2022年、さいたま市は屋外プールを解体し、新たに小中一貫校を建設すると発表。プールを必要とする10,000人以上から反対の署名が寄せられるも計画は進み、わずか2年後にプールは惜しまれながら姿を消した。その後、市は3度の入札を実施するもいずれも不調に終わり、2030年4月に予定されていた学校開校の見通しは依然として立っていない(2026年6月現在)。
これは、都市開発の陰で見過ごされてきた、地域住民の喪失へのケアを問う映画である。
大阪・あいりん地区を舞台に、変わりゆく街と若者たちを追った『解放区』。
都市の変化と喪失を記録してきた太田信吾監督が、
次にカメラを向けたのは、ある市民プールの最後の夏だった。
誰かにもう会えないと知ったとき、私たちは立ち止まる。
場所の終わりもまた、どこか似たかたちで、心を揺らす。
精神科医エリザベス・キューブラー=ロスが提唱した
「死の受容の5段階(否認・怒り・取引・抑うつ・受容)」をモチーフに、
ある公共空間の終わりと、そこに集う人々を映し出す。


コメント
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プールが死んじゃった…。
この映画を見た後、沼影市民プールは「取り壊された」のではなく「死んでしまったんだ」という血の通った何かの終わりを見てしまった感覚になりました。 ただの建築物であって言葉を話さなければ心もないはずのプールも、人間の感情が泳いで思い出が生まれると、こうも人間くさくなって鼓動を感じるのかと不思議な気持ちでした。
たかがプール、されどプール。
人が街を、未来を、プールを想う愛のお話です。―― にゃんこスター アンゴラ村長
(お笑い芸人・埼玉県本庄市広報観光大使) -
海なき市だからこそ、プールが子供だけじゃなく多くの方の思い出の場所。沼影市民プールは一つの場所にいろんな季節や記憶が重なっているんだなって。誰かと時間を共有しながら過ごし、運動する。そんな場所が当たり前にあることの尊さ、どんなに足掻いても時代と共に変わっていく寂しさが伝わる作品でした。大人でも寂しいのに子供の時だったらもっと辛かっただろうな。映画にしてくださりありがとうございます。―― 伊藤愛真
(タレント) -
プールの背後に見える、新しい高層マンション群。人口の急増によって街が栄え、学校用地が必要となり、皮肉なことにプールが犠牲になった。
が、子供の増加は一時的な現象だから、そのために半世紀にわたり、様々な市民に愛された公共の場を壊してよかったのか。
人の平均寿命よりも短い期間で、アノニマスな建築が解体された。
しかし、死の最終段階は忘却だろう。人々の記憶に残り、この映画によって長く語りつがれるなら、まだ心の中で生きている。―― 五十嵐太郎
(建築史家・建築評論家) -
この映画は、ただプールがなくなる話ではなく、「人と場所の関係」を静かに描いていると思います。野球も球場という場所があるからこそ、歓声や悔しさ、思い出が積み重なっていくもの。気づけば当たり前にあった場所がなくなる時、その重みを改めて感じさせられる。誰にとっても“帰れる場所”とは何かを、そっと問いかけてくれる作品でした。―― 今江敏晃
(元プロ野球選手) -
いつまでもそこにあると信じてやまない場所も人も、いつか消えてしまう。だからこそ、その儚さは尊く、多くの人にとってたまゆらなものとなり、消えない思い出として記憶に残り続けるのだろう。―― 大木亜希子
(小説家) -
私も埼玉出身で、幼い頃から県内の市民プールに通っていたので、とても感情移入しながら観ました。
実は私が通っていた市民プールもなくなってしまい、その時は本当に寂しかったのを覚えています。
夏休みの空気や、水の匂い、家族や友達と過ごした時間まで思い出して懐かしさと切なさで胸がいっぱいになりました。
当たり前だった場所が、大人になってからもこんなにも大切な思い出だったんだと改めて感じる作品でした。―― 荻野由佳
(モデル/インフルエンサー) -
この映画を通して沼影市民プールがあったというのを僕は知りました。なぜあの少年時代に行かなかったんだと埼玉県民として後悔してます。色々気持ちが重なってしまった映画だった。
僕も少年時代に行っていた、駄菓子屋だったり、広場だったり、プールがもうないのを知った時、心の中にポカンと穴が空いたような日の事を覚えています。自分たちが大人になったから終わり!とかではなくて、これからの未来の子供達も遊んでほしい場所がなくなるのは心苦しい。
個人的な事ですが去年子供が生まれてより、こういう場所を子供達から奪わないでほしい。新しい教育をやる上では問題ないが、このプールで学ぶ事もたくさんあるのではないかと考えされられた映画でした!―― コットン きょん
(お笑い芸人) -
「都市更新」というと一見無機質な言葉ですが、この作品ではキューブラー=ロスの“死の5段階”を重ねることで、血が巡り出し、生々しい生活者の視点で「その意義」を問い直しています。都市と記憶の関係を静かに考えさせてくれる力強い作品でした。―― サカイJr.
(モナキ) -
海よりもディープで、人情と煩悩が渦巻く沼影市民プール。広くて大きい海にはない、狭いプールだからこその居心地の良さが。この映画で沼影市民プールの魅力を知ってももう行けないので切なさが募るばかりです。―― 辛酸なめ子
(漫画家・コラムニスト) -
身体化される公共空間
誰にでも死は訪れる。ある日突然、死を宣告されたとき、人はいかに振る舞っていくのだろうか?キューブラ・ロスはその過程を、「否認・孤立」、「怒り」、「取引」、「抑うつ」、「受容」と、「死の受容の5段階」としてモデル化している。この映画の秀逸さは、この有名なモデルを道標として、皆に愛されてきた公共建築物の死の宣告を追っていったところだろう。都市を自分の身体の一部として見ていく視点は極めて重要だ。私たちが生きる、この世界の見方が変わっていく。―― 芹沢高志
(P3 art and environment) -
作品全体を通して「沼影市民プール」に「生活」する方々がありありと描かれていて、さいたま市に生まれた私も初めて目にする事実がありました。
一つの行政施設を維持管理する工程に多くの人の想いが交錯し、今当たり前にあるものも危ういバランスに成り立っていることを考えさせられる作品です。 大人になった私が、それは単に「寂しい」という感情だけで観ることのできない世界があることに圧倒されました。―― 高橋由美子
(埼玉県出身・俳優) -
青春の沼影市民プール。
確かにそこにあったという記憶は決して消えることはない。
海のない町・埼玉にとって、市民プールはかけがえのない海だった。
さいたま市浦和で子育てをしてきた僕ら家族にとって、沼影は青春そのものだ。
アーティスティックスイミングでオリンピックを目指す娘も、小学生の頃このプールでオリンピアンで俳優の藤本隆宏さんに泳ぎを教えて頂いた。
家族みんなで通い、子どもたちが初めてスケートで氷の上に立った日の笑顔が、今も鮮やかに甦る。
有り難う沼影市民プール。
君は永遠に、僕たちの心の水面で静かに輝き続ける。―― ダイアモンド☆ユカイ
(ロックシンガー / 俳優) -
大人の事情や都合によって、子供たちの遊ぶ場が失われていく。 私たち大人は、どの目線で物事を見つめ、何を基準に決めるべきなのだろうか。
人は立場や役割に固執するあまり、判断を誤ることがある。 声が届かない。伝わらない。 その主張が正しいかは簡単に判断できないが、まず受け止めようとする姿勢は必要なのではないか。
子供にとって「遊び場」は、心が自由になれる大切な居場所なのだ。―― 西村まさ彦
(俳優) -
映像の色味があまりに美しくて、気づいたら自分の記憶の中に入り込んでいた。
「さよならだけが人生だ」という言葉を思い出した。頭では理解しているのに、感情は追いつかない。それはどこか、バンドの解散やメンバーの脱退に感じる喪失とよく似ている。
一方で、こうして映像作品として残せたことは、確かな救いでもあると思った。人生は失っていく連続で、跡形もなく消えていった店、バンド、居場所がいくつもある。 それらがもし同じように映像として残されていたら、どれだけ救われただろうと思う。
映画そのものの意義を感じさせる、本当に良い映画だった。―― ピエール中野
(凛として時雨) -
政治的対立の背景に、喪失体験を透かし見る。それが、この映画の視座である。
市民のプールがなくなる。それに対する様々な立場があり、政治的な対立や運動にもなる。その主張を検討するのでも、ユニークな登場人物を追うのでもなく、喪失に対する反応としそれらを見、可能ならばこの映画それ自体が喪と追悼となり、鎮魂を願っているかのようだ。
ひょっとすると、世界中の様々な争いも、喪失に対するトラウマ反応の連鎖なのではないだろうか。この映画の、静かで端正な画面は、沼影市民プールの遠くに、この世界のあり方そのものをも透かし見た、追悼と祈りである。―― 藤田直哉
(批評家・日本映画大学准教授) -
沼影市民プールは、多くの市民にとって、そして私にとっても思い出と交流が生まれる特別な場所でした。その記憶を映画として未来へ残してくださったことに心から感謝しています。この作品を通して、地域にある“当たり前の風景”や人が集える場所の大切さが、市民の方々や全国・世界にも伝わっていくことを願っています。―― 村田綾
(さいたま観光大使) -
かつてあの場所には活気が溢れ、人が、地域が繋がれるプールがありました。
埼玉県出身の私もそこで幼少時代を過ごした一人です。
「沼影のプール行こう!」と固定電話から幼馴染に電話をかけたあの日、身長が120cmを超えて初めてウォータースライダーに挑戦したあの瞬間、近くの工場から漂ってくる甘ったるいチョコレートの香り。全て鮮明に覚えています。
形は無くとも人々の記憶や想いは決して消えない。それをこの映画が証明してくれました。
本当に大好きな場所でした。
たくさんの思い出をありがとう。―― 渡邉美穂
(俳優) -
冒頭シーン。無人の更衣室でロッカーの扉が勝手に開いたり閉まったりして、「これはオカルト映画なのかっ⁈」と一気に引き寄せられる。
魅力的な登場人物や行政のヘンテコさが虚実ないまぜに描かれいて、最後にまたロッカールームの謎のパタパタが戻ってきて、「そういう事か!」と分かる仕掛けが心憎い。
地域の市民にとって受け入れ難い喪失のまでの過程を、キューブラー・ロス著『死ぬ瞬間』の「死の受容プロセス5段階」に当て嵌めるという構成がこれまた秀逸でした。―― 淺野由美子
(映画監督・プロデューサー) -
再開発による52年愛されてきた市民プールの解体が、まちの歴史とコミュニティを破壊していく。 埼玉で市民プールを「海」として過ごした幼少期の記憶を重ねる太田監督は、再開発の是非ではなく、大切なものを失う人々への「心のケア」がおざなりにされている現実を問う。死にゆくものに寄り添い続けた1年の記録で"まちの記憶"を未来へつなごうとする。再開発をめぐる「喪の仕事」が、持続可能なまちづくりの在り方を見つめ直す契機をくれる。―― 小原信治
(放送作家/脚本家) -
みんなの場所だったのに壊してしまう。
誰かの事情で、誰かの思惑で。
場所は人間を包み込む。場所を壊せば、人間がそこからこぼれ出していく。
場所は人間が作る。人間は場所が作る。
この事実の重さと温かさが、作品全体から漂ってくる。―― 武田砂鉄
(ライター) -
世界中の映画監督で、絶対に観なくてはいけないのが私です!
私は沼影市民プールの近くに住んでいました。スイミングスクールには6年間通い、夏休みには何度も遊びに行きました。
子供の頃の想い出が詰まった大事な場所です。
少しカビ臭いロッカールーム。ヌメっとした日陰の休憩所の床。一見古くダサい市民プール。
そこには笑顔に包まれた膨大な時間、出会い、青春、沢山の忘れられないものが存在した。
場所が無くなる事は、想い出の一部が削り取られる、痛みのような感覚。
勿論、いろいろな考えがあっての取り壊しなのでしょう。だけど、この痛みはどんな説明を受けても癒せない。
太田監督、この作品を作ってくれてありがとう。
沼影市民プールが、改めて大好きだったと思い出させてくれて。―― 吉田恵輔
(映画監督) -
「公共空間」と言われて市民プールを思い浮かべる人はそれほど多くないかもしれない。市民プールの利用者として性的少数者を思い浮かべる人はさらに少ないかもしれない。それでも市民プールは公共の場で、だからこそ、多様な人たちが多様なかたちで、その場とかかわって生きてきた。プールサイドで出会った男性二人が「このプールがなくなったらみんなどこで出会うんだろう」と語り合う。「ここで出会って結婚したカップルもいた」と長年プールを見守ってきた監視員が歴史を語る。二組のカップルを隔てる制度的な壁と、公共空間の共有/喪失が両者にもたらす微かな繋がりとを、映画は静かに映し出す。―― 清水晶子
(大学教員) -
劇中劇的な「界隈でも話題だった沼プーの常連客、ゲイおじさんのプールナンパと同居母への紹介」ドキュメンタリーに変な声出まくり…。人生いろいろを文字通りプールした、市民とゲイの拠り所のラストアルバム!―― ブルボンヌ
(女装パフォーマー) -
流れるプール、塩素の匂い、あやしいおじさん、
日焼けした学生バイト、近所の駄菓子屋、夏…。
僕の記憶のロッカーが、パカパカと開きました。
ありがとう、沼影市民プール。
悔しいよー、沼影市民プール。
誰もがそうなる、ホンモノの夏休み映画。―― 鈴木竜也
(映画監督) -
僕の地元も小さい頃の思い出の場所がほとんど震災で亡くなってしまいました。
小さい頃の楽しい思い出、ドキドキした思い出は一生の宝物だと思います。
沼影市民プールも地元の方にとってそんな宝物のような場所だったんだと思います!
時代が変わっていく中で、変わっていくとも大事ですが、変わらない事も本当に大事だと、僕は49年間しか生きていませんがそう思います!
これからの日本社会の未来を考えさせられる映画だと思います!!―― パンサー 尾形貴弘
(お笑い芸人) -
カメラは、巨大で美しい公共プールを愛おしむように見つめる。そこにある日常を、子どもたちの笑い声を、流れゆく時間を、そして孤独な人々を見つめる。最後の別れには、あまりにも深く濃密な名残惜しさが満ちている。これほど心を動かされる映画だとは思わなかった。―― ツァイ・ミンリャン
(映画監督) -
私は、沼影小学校のマンモス校化に直面し、地域を離れることを選んだ浦和市曲本在住の小学生であった。保育園の友人たちとは、それ以来疎遠になった。
あの頃、新しい学校ができていたなら、どんな人生を歩んでいたんだろう。
あの頃、もうプールがなくなっていたなら、どんな夏休みだったんだろう。
人の死ならば議論にすらならない命のトレードオフが、場所の死においては起こる。限られた土地と金、市民生活のための「合理性」。仕方のないことかもしれない。
それでも、その場所に想いを寄せた人にとっては、誰かのために自ら死を受け入れるようなものだ。場所の死によって、自分の生の一部を差し出す。少しだけ人の生が死ぬ。それぞれの生がじっとり生々しく描かれるからこそ、強いられた小さな死がより際立って見えた。
映画が終わってもプールがなくなっても、人生は続く。画面に映った人も、そうでない人も。ひとつのプールの死によって、プールが続いた時の生を殺して、少しだけ新しい人生を生きる。それは、プールがあって学校がなかった私がそうであったように。そのことへの想像力を、持ち続けていたいと思った。
ひと夏、水辺、喪失。典型的な舞台装置ながら、どこまでもリアルで悩ましい、爽やかならざる内陸のシーサイドムービー。―― 伊沢拓司
(クイズプレーヤー&YouTuber) -
小学生の頃は夏になるとよく沼影市民プールに行っていた。流れるプールでプカプカ流されることと、帰り道に近くのロッテ工場から香る甘い匂いを嗅ぐのが好きだった。ただ長い間町を離れてしまっていたので、「プールが無くなる」という話を聞いた時にはすでに営業自体は終わっていた。
僕は自身の小説にこのプールを登場させるぐらいには思い入れがあったのだけれど、「市民プールって無くなることあるんだ……」というのが率直な感想だった。『沼プー』という愛称があったことすら知らなかった。
映画『沼影市民プール』は、僕のような「何も知らなかった人」に対して、その終わりまでの軌跡を教えてくれる。何故無くなるのか、どんな反応があったのか。どういうスタッフ、どんな利用客がいたのか。
物語の中盤、この映画は少し軸が変わったような展開を見せる。そこがあまりにも面白く撮られていて僕は笑ってしまったけれど、隣で見ていたご夫婦は静かだった。どういうイメージで座席についたかによって、きっと感じ方は様々なんだろう。『沼プーとは何だったのか』という記憶を残すこの映画には必要なシーンで、何も知らなかった僕はそれを知ることが出来てよかったと思っている。
この映画は、『沼プー』が実際にそこにあって、色々な人々がそこに触れて、そして無くなったという記憶を映している。それをどう受け止めるのかは、残された僕たちにしか出来ないのだ。
僕は『沼プー』の生きている姿を久しぶりに見られたことと、「休憩時間の合図に笛が鳴った」ということを何十年ぶりに思い出せたので、これらを忘れないように生きていこうと思う。―― 鉄塔
(ゲーム実況・小説家(賽助名義))
映画祭コメント
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【釜山国際映画祭プログラムノート抜粋】
プールの内と外の風景、そしてそこに集う人々の物語を重ね合わせながら、本作は「空間の喪失」を悲しみの普遍的な言語として記録する。太田監督は、貴重な記録映像の中にさりげなくドラマを織り込み、この場所が持っていた意味を映画的な手法によって浮かび上がらせている。喪失の痛みを率直に、そしてユーモアを交えて描き出した秀作。エンドロールが流れ終わる頃には、観客それぞれが自身の記憶の中にある「失われた場所」へと導かれるだろう。―― ジョ・ジフン
(釜山国際映画祭プログラマー) -
【テッサロニキ国際ドキュメンタリー映画祭レビュー抜粋】
個人の物語を描きながら、本作は都市の変化というより大きなテーマにも目を向ける。東京では再開発によって地域の風景が何度も塗り替えられ、そのたびに人々のつながりを育んできた場所が失われてきた。そうした意味で、本作は「公共空間」という概念そのものへの哀歌となっている。―― Panos Kotzathanasis -
【カナダ・ヴァンクーバー国際映画祭DOXAレビュー抜粋】
郷愁を帯びながらも穏やかな眼差しに貫かれた本作は、日本社会そのものを映し出す小さな縮図のようである。公共プールという日常的な施設が果たしてきた役割は、人々を結びつけるコミュニティの基盤そのものだった。共に泳ぎ、憩い、時間を過ごす場所として機能してきた沼影市民プール。その最後の日々をめぐる人々の心の動きは、日本社会の精神風土を映し出す優れたメタファーとなっている。―― Rick Chung
監督メッセージ
旅の多い日々を過ごしてきました。久しぶりに自分の暮らす街へ戻るたび、かつて自分の居場所だった横丁や、通い慣れた飲食店が静かに姿を消している――そんな場面に立ち会うその度に、心にぽっかりと空洞ができたような感覚を抱いてきました。
やがて建物や風景は単なる「器」ではなく、わたしたちの精神性や記憶に深く影響を与えているのではないか、と感じるようになりました。
わたしはデビュー作『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(2013年)を通して、愛する人を突然失うこと、そして死を受容していくことが、どれほど長い時間を要するプロセスなのかを見つめてきました。そして『沼影市民プール』を制作するなかで、人は「場所」を失うときにも、それに近い感情を抱くのだということに気づかされました。
この映画に登場する人々にとって、沼影市民プールは単なる公共施設ではありませんでした。健康増進、レジャーの場として機能していたのはもちろん、子ども時代の記憶が宿り、誰かと出会い、孤独を紛らわせ、ときに生き延びるための支えにもなっていた場所でした。だからこそ、その喪失は単なる都市開発の問題ではなく、人々の心の問題として存在していたのだと思います。
しかし、多くの都市開発は、建物や効率、経済合理性については語れても、「そこにいた人々の記憶や感情をどう受け止めるのか」という視点には、十分に向き合えていないようにも感じています。わたしはこの映画を通して、失われていく場所の記録だけではなく、その場所を失った人々の心の揺れや、喪失を受け入れていくまでのプロセスそのものを描き、都市開発のプロセスを問い直したいと考え本作の制作に挑みました。
アルゴリズムによって「見たいものだけ」を見るように加速していく現代社会のなかで、わたしたちは異なる他者の記憶や感情に触れる機会を少しずつ失っているのかもしれません。けれども映画には、すでに失われてしまった風景を、もう一度誰かの記憶の中に立ち上がらせる力があると信じています。
沼影市民プールは、もう存在しません。しかしこの映画を通して、みなさまそれぞれの心の中にある「帰る場所」や「失われた風景」が、静かに浮かび上がってくれたなら嬉しく思います。
最後に、決して行政の立場からすれば、本作が持つ批評性は、必ずしも心地よいものばかりではなかっただろうと想像しています。それにもかかわらず、さいたま市には、プールを含む市内各施設の撮影許可のみならず、一部制作資金の提供、さらには制作段階における芸術祭でのワーク・イン・プログレスの機会に至るまで、多大なご支援をいただきました。心より感謝申し上げます。
批評性や対話の余地を排除した「地域アート」や、消費されやすさを追求した一面的なPR動画が溢れる時代のなかで、行政と作り手が緊張感を保ちながらも、一つの土地の光と影の両方に向き合い、作品を成立させるために伴走したこのプロセス自体が、これからの公共文化のあり方に対する、ひとつの希望や金字塔になり得るのではないかといま改めて感じています。
本作には、一部に演技による再構成を用いたシーンがあります。記録できない現実をどのように映画として記録できるのかという問いから生まれた選択です。プライバシーへの配慮によって撮影できない出来事がある一方で、その場所が担ってきた歴史を映画から消してしまうこともまた、記録の欠落につながります。私たちは演技を、語りにくい経験や場所に刻まれた記憶を観客へ翻訳すると同時に、当事者へのケアの実践として位置づけています。また、本作は、海外の映画祭において、このような表現手法を含む「クリエイティブ・ドキュメンタリー」として評価をいただきました。
(映画『沼影市民プール』製作委員会)
沼影市民プールとは
沼影市民プールは、1971年に「海なき市にプールを」という市民の願いから誕生した、埼玉県さいたま市南区(武蔵浦和駅周辺)の市民プールである。
50メートルプール、子どもプール、全長約100メートルのウォータースライダーなどを備え、“沼プー”の愛称で親しまれてきた。夏季には多くの家族連れや子どもたちで賑わい、冬季には屋外50メートルプールがアイススケート場として利用されるなど、市民の憩いと健康を支える場として機能してきた。開業から52年間で約600万人が訪れたとされている。
沼影市民プールは、子どもたちの遊び場であり、高齢者の健康づくりの場であり、そして時には名前のない出会いや関係性が生まれる場所でもあった。
夏になると県内外から多くの性的マイノリティの男性が集まり、公共空間のなかで独自のコミュニティが形成されていた。本作はそうした利用者たちとも関係を築きながら、この場所が持っていた多層的な意味を記録している。
なお、プール解体後、市は跡地への学校建設に向けて入札を実施したが、2026年6月現在までに3度にわたり不調となっており、2030年4月に予定されていた開校時期も不透明な状況となっている。

スタッフ・フィルモグラフィ

太田信吾(おおた・しんご)
長野県出身。早稲田大学在学中に哲学・物語論を専攻。友人の自死と向き合い制作した初長編ドキュメンタリー映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 で公開後、世界12カ国で公開されるなど国内外で反響を呼んだ。『解放区』(2014)では、再開発に揺れる大阪は西成区・釜ヶ崎に漂着する若者をリアリティ溢れる描写で表現した。映画と舞台を横断して活動をしており、演出・出演を手がけたドキュメンタリーとパフォーマンスのハイブリッドな舞台作品『最後の芸者たち リクリエーション版』は2024年11月に欧州最大級の芸術祭フェスティバル・ドートンヌで上演された。近年の主な出演作に舞台作品『未練の幽霊と怪物』(神奈川芸術劇場プロデュース 作・演出:岡田利規)、『わたしは幾つものナラティヴのバトルフィールド』(さいたま芸術劇場プロデュース 作・演出:岡田利規) のほか、ドラマ『夢を与える』(WOWOW)、『東京怪奇酒』(テレビ東京)などがある。
代表理事:一般社団法人ハイドロブラスト
業務提携:株式会社デューズ

竹中香子(たけなか・きょうこ)
プロデューサー、俳優、演劇教育者。2011年に渡仏し、日本人として初めてフランス国立高等演劇学校の俳優セクションに合格。2016年にフランス俳優国家資格を取得。パリを拠点に、フランスを中心としたヨーロッパ各地の舞台に出演する。2021年、フランス演劇教育者国家資格を取得。パフォーマンス作品『ケアと演技』や『サテライト・コール・シアター』(BUG)など、ケアをテーマとした作品創作と並行し、2022年より太田信吾監督作品のプロデュースを手がける。初の長編プロデュース作『沼影市民プール』は13カ国の国際映画祭で上映された。現在制作中の『煙突清掃人』は、6つの国際映画祭マーケットに選出され、多数の賞を受賞している。
HP: hydroblast.asia

内橋和久(うちはし・かずひさ)
演奏家(ギター/ダクソフォン奏者)、作曲家、編曲家、プロデューサー。80年代から即興演奏を中心に国内外の音楽家と共演。活動の領域はライブ活動だけにとどまらず映画や演劇にも及び、中でも劇団・維新派の音楽監督は主宰の松本雄吉が亡くなるま で30年以上に渡り務めた。ダンサー・振付家とも精力的にコラボレート。演劇の分野でも宮本亜門、河原雅彦、三浦大輔の作品も手掛け、近年は劇作家岡田利規(チェルフィッチュ)とのドイツ・欧州でのコラボレーションも10年で9作になる。2026年には神奈川芸術劇場での通算3作目となる岡田との能シアターが高い評価を得た。大阪出身、ベルリン在住。
SuiseiNoboAz『それから』
河野“Time Machine”岳人(Ba.)
松田タツロウ(Dr.)

2007年夏、石原正晴を中心に東京都新宿区にて結成。以降、国内外の大型ロックフェスティバルやライブハウス等で精力的に演奏を続ける。メンバーチェンジを重ね、作品ごとに全く異なる新しいアプローチを取り入れつつも、日本語詞と強靭なグルーヴからなる普遍的なロックを追求し続け、これまでに6枚のフルアルバムをはじめとする数多くの作品をリリース。
2025年6月、約10年振りにスリーピースの編成に立ち返り、7インチシングルレコード『MISO/REMEMBER』をリリース。
HP: suiseinoboaz.com
- コメント
- 「それから」をエンディング曲に選んでいただき、ありがとうございます。 この曲はギターソロ以外、ほぼ息継ぎなしに言葉が詰め込まれています。 この曲が書かれた2020年の春から初夏、コロナ禍の東京の閉塞した空気、有事の名のもとに人の生業に簡単に優劣が付けられ、映画や演劇や音楽といった現場は「不要不急」と断じられ、無意味なものが許容されず、他人とのふれあいが一方的に制限されてしまった当時の内省から、想像力の飛躍する力で他者へとリーチする想い、そして当たり前の日常へと帰っていくという希望(当時はそれすら夢物語でした)を、時間的な前後感覚を大事にしながら祈るように描いたつもりです。 映画「沼影市民プール」も、人が人を思うこと、街が人を覚えていること、簡単に他人に無意味と断じられてしまうような瞬間も、誰かが未来へ向かうために必要なものだということを描いた作品だと思いました。 ピンホールを覗きこみ、その先に果てしない夏の広がりを見るような、「喪失」の向こう側へと手を伸ばすような、そんな素晴らしい映画に関わらせていただき、とても嬉しく思います。
SuiseiNoboAz 石原正晴


劇場情報
劇場イベント情報
10月18日(日)
上田映劇
11時30分回上映後、オンライン舞台挨拶
太田信吾(本作監督)
北海道・東北
| 地域 | 劇場 | 電話番号 | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 宮城 | フォーラム仙台 | 022-728-7866 | 2026年10月16日(金)〜10月22日(木) |
関東
| 地域 | 劇場 | 電話番号 | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 東京都渋谷区 | シアター・イメージフォーラム | 03-5766-0114 | 2026年9月5日(土)〜10月23日(金) |
| 埼玉 | ユナイテッド・シネマ浦和 | 0570-783-856 | 2026年9月5日(土)〜 |
| 埼玉 | イオンシネマ浦和美園 | 048-812-2055 | 2026年9月5日(土)〜9月17日(木)※休映日あり |
| 埼玉 | イオンシネマ大宮 | 048-654-9494 | 2026年9月5日(土)〜9月17日(木) |
| 埼玉 | ユナイテッド・シネマ入間 | 0570-783-241 | 2026年9月5日(土)〜9月16日(水)※休映日あり |
| 埼玉 | OttO(オット) | 048-871-8286 | 2026年12月24日(木)〜1月6日(水)※12/30~1/1休館 | 神奈川 | 横浜シネマリン | 045-341-3180 | 2026年10月3日(土)〜10月16日(金) |
| 千葉 | キネマ旬報シアター | 04-7141-7238 | 2026年10月10日(土)〜10月23日(金) |
| 神奈川 | あつぎのえいがかんkiki | 046-240-0600 | 2026年9月11日(金)〜9月24日(木) |
| 群馬 | シネマテークたかさき | 027-325-1744 | 2026年10月16日(金)〜 |
| 栃木 | 小山シネマロブレ | 050-3196-9000 | 2026年9月11日(金)〜9月24日(木) |
| 栃木 | 宇都宮ヒカリ座 | 028-633-4445 | 2026年10月2日(金)〜10月15日(木) |
| 茨城 | あまや座 | 029-212-7531 | 2026年11月21日(土)〜11月27日(金) |
中部
| 地域 | 劇場 | 電話番号 | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 愛知 | 伏見ミリオン座 | 052-212-2437 | 2026年9月11日(金)〜10月1日(木) |
| 長野 | 松本CINEMAセレクト | 0263-98-4928 | 2026年9月21日(月・祝)のみ |
| 長野 | 上田映劇 | 0268-22-0269 | 2026年10月16日(金)~ |
近畿
| 地域 | 劇場 | 電話番号 | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 大阪 | 第七藝術劇場 | 06-6302-2073 | 2026年9月19日(土)〜10月4日(日) |
| 京都 | アップリンク京都 | 075-600-7890 | 2026年9月18日(金)〜10月1日(木) |
中国・四国
| 地域 | 劇場 | 電話番号 | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 広島 | 横川シネマ | 082-231-1001 | 2026年10月3日(土)〜10月16日(金) |
| 岡山 | シネまるむすび | 070-2442-1234 | 2026年9月25日(金)〜28日(月)、10月2日(金)~10月5日(月) |
九州・沖縄
| 地域 | 劇場 | 電話番号 | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 福岡 | KBCシネマ | 092-751-4268 | 2026年10月2日(金)〜10月8日(木) |
| 佐賀 | シアター・シエマ | 0952-27-5116 | 2026年10月30日(金)〜11月5日(木) |
| 沖縄 | 桜坂劇場 | 098-860-9555 | 2026年9月26日(土)〜10月9日(金) |
クラウドファンディングで
ご支援いただいた皆さま
クラウドファンディングでは、
計162名の皆さまにご支援いただきました。
(敬称略・順不同)
















